「成人式おめでとうございます。」

1月10日成人の日、一般棟職員”畑中久美子さん”が振り袖姿でみのり苑に寄ってくれました。



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〃恋〃

有名な作家のヘミングウェイ・有名な演劇家兼作家のチャップリンにみられる〃老いらくの恋”、映画でシヤロ・ボアエが演ずるような〃うたかたの恋〃があります。英国の三室にまつわる歴代の燃えるような恋物語もあり、カチューシに見られるような〃真っ赤な恋〃も亦あります。

悲喜交々(こもごも)の中にも、そこには、何かしら素直で、どこかほのぼのとした情景が偲ばれるのです。

遠い近いにががわらず、何年も文通を重ねて、会いたくて、会いたくて狂いそうになる恋心を伝える”ラブレター”(始めはタドタドしく、辞典をひきながら、燃えるように熟してくると心の中の叫ぴをスラスラと)なんて今は昔か。
 時代が走馬燈のように移り、すっかりパソコン時代になったことが”恋”に限ってみれば、果たして幸なのが不幸なのか。支明の進歩に逆比例して、心の荒廃
はその極に達し、恋の喜ぴも遊ぴの一つに埋没しつつあるようにさえ思われて仕方ありません。

”彼女(氏)なしニケ月、今、次の彼氏(女)を探しています。”なんて、テレビで平然と話をしている若者には、恋を論ずる資格があるのでしょうが?唾棄してしまいたいし親の顔も見たい。私は、その点に限ってみた時に、ふくよかで、心がなごむような、心のこもった、しかも二人だけの明るいシークレットなラプレターのやりとりを若い人達に是非すすめたいといつも思っております。

久しく忘れていた若き日の恋を恋するような心境になって、”灼きつくすような恋をもう一度”と焦れるのは、不謹慎でしょうか?それは、まだ僅かながらに残っている恋心の恋(れん)なのではありましょうか?将又(はたまた)”ボケ”かな?


七三翁